2006年5月25日 (木)

ジロ17日目 幻の山頂ゴール

Goal2  標高2225メートルの恐ろしく高い山、しかも天候が崩れると聞いていたので、早めにゴール地へ直行した。ふもとの空はどんよりとはしていたが、薄手の長袖シャツ一枚で十分な気温。しかし山へ近づくにつれて次第に雨が降りだし、気温はぐんぐん下がっていく。そして標高1739メートル――つまり急遽第17ステージのゴールになった地点――にたどり着いたとき、5月末だというのについに小雪が舞い散りだした。

 そこからロープーウェイに乗って頂上へ向かう間にも、雪は本降りになってゆく。下方に見える雪にうっすら覆われた未舗装道を見ながら、「今日あんなところ通るなんて無茶だ」と理性では考えるが、前日がシャルリー・ゴール吹雪の山岳勝利50周年だったことを想い出し、もしかしたら……なんていう一瞬の期待を抱いたりする。

Velo_1 自転車ファンたちも思いは同じ。吹雪にもめげず、ロープーウェイや自転車で頂上までたどり着いた人たちが、3時間も前から場所取りを始めている。凍えそうな気温の中、ビールを飲んで騒いだり、写真撮影で盛り上がったり。

 その後、ゴール地が変更されて、ファンや記者たちは慌てて山頂を下っていっ たのは言うまでもない。

by Asaka MIYAMOTO

Goal

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2006年5月24日 (水)

ジロ16日目 ノーギフト

「僕は誰にも何かを贈ったりなんかしない」

 第16ステージで堂々優勝を決めた直後の記者会見で、マリア・ローザのバッソが吐いたセリフだ。そう、2004年ツールでアームストロングが繰り返した「ノーギフト」の精神を、弟子のバッソはしっかり受け継いだらしい!

「今日の結果はこれまでの犠牲と努力の賜物なんだ。ステージ優勝は僕にとって非常に大切なもの。だって今までのキャリアでそれほどステージ優勝を上げてないから……。だからチャンスを最大限に利用したいと思うのは当然だろう?」

 とはいえ、時に鬼気迫った師匠ボスとは違って、あくまでもさらり落ち着いた話しぶりと爽やかな笑顔は変わらないのだ。

 レース終了後1時間ほどして、モンテ・ボンドーネはひどい土砂降りに見舞われた。レース中じゃなかったのが幸いだ。山頂のテントでは、雨音に混じってジャーナリストのパソコンキーを打つ音が聞こえてくる。第17ステージも、天気予報は雨。

by Asaka MIYAMOTO

Conference_1 (写真:山頂から渋滞に巻き込まれず素早く逃げ出すため、バッソは会見ルームに姿を見せず。代わりに記者会見は、テレビカメラの向こうで待機するバッソに記者ルームから質問を投げかける形で行われた。)

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2006年5月23日 (火)

ジロ15日目 ゴールデンボーイ来たる!

Arrivee  思わずイタリア人記者たちも「わーい!」と諸手を挙げて大喜び。なにしろ今か今か今か今かと待ちわびたベッティーニが、僅差のスプリント勝利を果したんですからね。残念ながら記者会見には黄金ヘルメットではなく、水色のクイックステップキャップで登場していました。

 ゴールラインで手を上げかけて、結局上げなかったのは「この前、勝った!と思って手を上げたけど、残念な結果に終わっちゃったからね。それに本当に自分が勝ったかどうか確かじゃなかったんだよ」とのこと。

 さらにジロ序盤から毎ステージのようにステージ優勝候補に上げられながら、ようやく第15ステージで勝利をつかみ取れたことについては;

「ティレノ~アドリアティコでの落車以来、勝てなくなってしまったんだ。あらゆる手を尽くして勝とう、なんとか優勝しようと努力したけれどダメだった。ジロでも初勝利をずっと追い求めてきた。そしてようやく手に入れた。これで心理的に解放された気分」

 なるほど、繰上げマリア・チクラミーノ首位となったベッティーニにも、目に見えない葛藤があったわけですよ。

 ところでワンデーレースやステージ優勝ばかりでなく、ステージレースの総合上位は狙わないの?と聞かれてひとこと。

「98年、まだ僕にもう少し髪の毛があった時はね……ジロでも7位になったんだけどね……」

Camion by Asaka MIYAMOTO

(写真上:これがベッティーニが嬉しい勝利をもぎ取ったゴールライン。路上のピンクのガゼッタシートは、適当にビニールテープで貼ってあるので、結構デコボコしています。
写真下:ゴールライン横のTVブースは、レース後トラックで移動)

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2006年5月22日 (月)

ジロ14日目 国境のトンネルを越えると

 この日最初の山頂はイタリア・スイス国境トンネルの中。この日お世話になったマヴィックカーの部長イヴさん(プロ選手・監督・マヴィックと37年間自転車一筋の大御所)でさえ、「え?こんなところで山岳賞ポイント!?」と驚いたりあきれたり。6キロも続く長く薄暗い国境トンネルで、山岳ポイントを争った選手たちには果たして十分な酸素があったのだろうか。それよりトンネル内から、TV生中継は問題なくできるもの……?日本での放送では、トンネル内の模様は写っていましたか?

 スイスからの国境を越えると、そこは町中がピンク色に熱狂したイタリアの町だった。ドモドッソラの街角には野外DJブースも立ち、レースそっちのけで踊りまくる若者たちさえ出現。レース後は町のあちこちのジェラート屋に行列が出来ていたが、興奮して叫んで、疲れたのどを冷やすには名案かも。

By Asaka MIYAMOTO

Echapee_1 (写真:マヴィックカーの役得で、逃げ選手の真後ろでレース観戦。)

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2006年5月21日 (日)

ジロ13日目 アオスタより

Aosta  雨の山岳でも、力を見せたバッソ。地元TV放送からもバッソバッソバッソと連呼する声が聞こえる。ただし本格的イタリアンアルプス山岳ステージは始まったばかり。明日のスタート地アオスタも、恐ろしいほど切り立った、雪を冠した山々がぐるり四方を囲んでいる!

 バッソのマリア・ローザ表彰式が行われているころ、すでに翌日のスタート地点ではサイン台・フェンス設置が始まっていた。おしゃれなブティックが立ち並ぶ高級スキーリゾート地を、ジロ観戦キット(ピンクTシャツ+キャップ+ミニぬいぐるみ)宣伝カーが大音量を鳴らして走り回る。ところでベルギーでは6ユーロだった観戦キットが、ここイタリアでは5ユーロに値下がりしてるのはなぜかしらん?

by Asaka MIYAMOTO

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2006年5月18日 (木)

ジロ休日 タイムトライアル

 近頃すっかりタイムトライアルスペシャリストに進化したと噂のバッソが、ピンク色のスーツを着て登場!昨ツール最終ITT前半で驚異の高速タイムをたたき出し(結局5位終了)、晩夏のデンマーク一周ではわずか13kmの短距離で2位を24秒も突き放して優勝、そして今春もクリテリオム・アンテルナショナルであわやトップという好成績。50kmという距離が、ライバルたちとのタイム差を広げることになるか、縮めることになるのか。

 さて、17日現在ジロ公式HPで軽く発表されている主要選手の現地スタート時刻は以下の通り。時間は変更の恐れもあるので、当日最終確認してください。またシモーニが3時57分30秒スタートなのは、上位陣は2分30秒間隔スタートとなるためらしい。

14:46:00(日本21:46:00) ウルリッヒ(一応過去2度のタイムトライアル世界チャンピオン)
15:18:00(日本22:18:00) ロジャース (現在3年連続タイムトライアル世界チャンピオン)
15:57:30(日本22:57:30) シモーニ
16:00:00(日本23:00:00) ディルーカ
16:05:00(日本23:05:00) サヴォルデッリ
16:10:00(日本23:10:00) クネゴ
16:15:00(日本23:15:00) バッソ

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2006年5月16日 (火)

ジロ9日目 ジロノルール@110ガゼッタ

Mag  1896年4月3日に誕生したガゼッタ・デロ・スポルト紙の、110歳を祝うの「110ガゼッタ」賞。ガゼッタと言えば、ジロ生みの親であり、ピンク色の紙面がマリア・ローザのシンボルカラーとなっている、イタリア最大のスポーツ日刊紙だ。ちなみに創刊当時の紙面は薄い緑色だったとか……。

 山岳賞賞金が少し減らされたことは前回お話したが、その賞金が回された先はどうやらこの110ガゼッタ賞。しかも賞金がいいだけではなく、他にも特典満載だ!

1 上位通過者5人にはポイント5~1&賞金1000~100ユーロ(個人タイムトライアルステージも同じ)
2 毎日ポイント総合トップには500ユーロ
3 最終日の総合ポイントトップ5人には15000~4610ユーロ

 なんとも中途半端な4610ユーロが支払われるわけは、単純に110ガゼッタの賞金総額が「110110ユーロ」だから……。

4 上位通過者3人にはボーナスタイム6、4、2秒(TT除く)
5 上位通過者6人にはマリア・チクラミーノ用スプリントポイント8、6、4、3、2、1(TT除く)

(写真:110歳になったガゼッタ・デロ・スポルトについてきたおまけ雑誌。バッソvsクネゴの音楽の趣味なんかも載っています。バッソがイタリアンポップロックがお好きなのに対して、クネゴはドアーズにニルヴァーナのファン!)

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2006年5月13日 (土)

ジロ6日目 ジロノルール@山

 第7日目は、今ジロ初のお楽しみ山岳ステージ!1級峠も登場し、いよいよ山岳ポイント争いとグルペトたちの果てしない奮闘が始まりそう。そこで簡単な山岳に関するルールなど。

■ジャージは「マリア・ヴェルデ」

 緑のジャージが山岳王の印。難易度カテゴリーは1~3で表示され、さらにカテゴリー外に山頂ゴールとチマ・コッピ(その年一番高い標高の頂)が存在する。それぞれの頂にはポイントが設けられ、上位通過者にはポイントが与えられる。そして最もポイント総計の多い選手が、マリア・ヴェルデに袖を通すのだ。

・チマ・コッピ:20、15、10、6、4、2P
・山頂ゴール:15、10、6、4、2P
・カテゴリー1:10、6、4、2、1P
・カテゴリー2:5、3、1P
・カテゴリー3:3、2、1P

■賞金は?

 1年限りの特別賞「110ガゼッタ」にかなりの賞金を費やすせいか、今年の山岳賞賞金総額は3万ユーロほど少なめ。例えば2005年などは、チマ・コッピ1位通過で2200ユーロもらえたものだが……。(1ユーロ=約144円)

・各ステージのポイント合計上位3人に:700、400、200ユーロ
・マリア・ヴェルデ保持者に:1日あたり500ユーロ
・山岳賞総合上位5人に:5000、4000、3000、2000、1000ユーロ

■そして気になる制限時間

 山岳ステージでのグルペト(最後方集団のこと)たちにとって、気になる制限時間ルールとは?つまりステージ優勝者のゴールタイムを、指定されたパーセンテージ以上に上回ると、その時点でタイムアウト=失格になる。(8%の場合、例えば優勝者が60分でゴールすると、64分49秒からタイムアウト)

 ただし悪天候や事故の場合は、審判員達の判断で制限タイムを25%まで上げることも可能とされている。

・カテゴリーC(難関7、14、16、18ステージ):
平均時速30km以下は8%、平均時速30~35kmは9%、平均時速35km以上は10%

・カテゴリーD(難関山岳17、19、20ステージ):15%

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2006年5月11日 (木)

ジロ4日目、休日、そして移動

 ベルギーでの4日間を終えて、ジロ一行はイタリアへ。

 第4ステージ終了後の選手たちは、ゴール地近くの軍隊兵舎でシャワーを浴びてから、2台の飛行機に分かれてパルム空港へと飛び立った。勝利者インタビューのせいで他選手よりも時間的余裕のなかったマキュワンなどは、記者会見場にこっそり忍び込んでいたパパ&ママと一瞬強く抱擁しあった後、立ち話もそこそこに走り去る。直線距離にして800km以上の移動。いくら休日を挟んでいるとはいえ、肉体的にも精神的にも辛いはずだ。しかもマリア・ローザのシューマッハーを含む7チームを乗せた第2便が空港に到着するのは、深夜0時5分とかなり遅い。

 ゴール地から離れる路上で、フェンスを大量に積んだ大型トラック3~4台を追い越した。中にはピンク色――そう、ジロのシンボルカラーだ――のフェンスさえ見える。まさかジロのルート上に並べられるフェンスも、丸ごとイタリア入りするというのだろうか!?

 ちなみに私は、ショートカットして自宅へ帰還。最終週に再びジロ@イタリアへ合流します。

By Asaka MIYAMOTO

Conference (写真はシューマッハー記者会見の様子。記者からの英語の質問には、シューマッハーは英語で答える。それを右側の女性がイタリア語へと即時通訳。一方、イタリア語での質問には、左側白いシャツの男性がまずドイツ語でシューマッハーに説明→シューマッハー英語で回答→女性イタリア語通訳と、非常にややこしい状態に陥る。)

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2006年5月 8日 (月)

ジロ2日目 …やっぱりベルギー型天候!

Amayadori  日本でレース放送が始まった時間には、どんな空模様だったのだろうか。第2ステージのスタート前は、前日の好天気とは打って変わって土砂降りの雨。そんなわけで選手たちはチームバスにこもって、待てど暮らせど出走前サインに登場しない。

 ただし2時間前にはすでに超満員に膨れ上がっていたスタート前広場では、地元ファンたちはびしょぬれになりながらも選手たちの登場を待ち続けた。さすが自転車競技の盛んなベルギー。しかもイタリア移民の多い地域のせいか、イタリア国旗があちこちで振られ、「ダニロ!」「イヴァン!」などの掛け声も飛び交った。

 スタートまであと20分近くなって、ようやく選手たちがサイン台になだれ込んできた。ただしサインを済ませると、すぐに隣のヴィラージュ(スポンサーブースが立ち並ぶ場所。関係者以外立ち入り禁止)に逃げ込む。開催委員やスポンサー、メディアや招待客に混じって、選手たちも一緒にブース内で雨宿りだ。

 そして突然、ヴィラージュから選手たちが飛び出していったかと思うと、彼らはそのままスタートをきって去っていった!あーあ、2時間以上前から待っているファンたちは、結局ほとんど選手の顔を拝めず仕舞い……。

 ちなみに悪天候とスタート地の石畳の急坂で、誰もが「これはツール・デ・フランドル?」と首をかしげたのは言うまでもない。

by Asaka MIYAMOTO
Amayadori2

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